トレセン学園の名もなきトレーナーの末路

トレセン学園。

ウマ娘たちが凌ぎを削り合い、高みを目指す場所。

ただ速く走るという単純な行為を追求し続ける場所。

速さこそが絶対とされるウマ娘のレースを見る者は魅せられ、熱狂する。

かくいう僕もその1人だった。


最高のウマ娘を育てたい一心で勉強を続け、難関と言われる試験を突破して、僕は遂に今日からこのトレセン学園で新人トレーナーとして活動を開始することになった。


ワクワクとドキドキが止まらない。

トレーナー寮の自分の部屋に入った瞬間に

「今日からがスタートだ!僕がウマ娘を絶対に勝たせるんだ!」そんな熱い気持ちが湧いてきた。


早速、今日の午後から選抜レースがある。

僕はパートナーのウマ娘を見つけるべく、手荷物を簡単に整理してからレース会場へと向かった。


選抜レース会場にはトレーナーとレースを控えて集中しているウマ娘がかなりの数いた。

「今年の目玉はあの娘だろう!スペシャルウィーク!」

「いやいや、エルコンドルパサーもなかなかの逸材だぞ!」

グラスワンダーこそ期待の星だ!」

トレーナーたちは熱く期待のウマ娘の名前を挙げていた。

僕もその娘たちの名前は聞いたことがあった。

どんな走りをするのか今から楽しみだった。


そして、選抜レース本番。

トレーナーたちの間で名前の挙がっていた3者は皆、素晴らしい走りを見せた。

そんな彼女たちをスカウトしようとしているトレーナーがたくさん群がっている。

「僕も行かないと……でも、なんて声をかければ……」

逡巡している時間が勿体ない。

有力なウマ娘たちはどんどんスカウトを受けて他のトレーナーに取られてしまう。

そんな時に幸運にもグラスワンダーが近くにいた。

ええい、このチャンスを逃してなるものか!

僕はグラスワンダーに話しかけた。

グラスワンダーさん!さっきのレースすごく良かったです!僕をあなたのトレーナーにしてくれませんか!?」

「あらあら、ありがとうございます〜」グラスワンダーが微笑んで応える。

「それで、貴方は私のトレーナーになってどのようなことをしてくれるのでしょうか?」グラスワンダーは続ける。

「それは……これから考えて……とにかく君を勝たせたいんだ!」僕は答えが思い付かなくてとりあえず勢いで答えた。

「うーん……貴方の答えは浅いですね〜そんな人にトレーナーになってもらうのは……申し訳ありませんが、お断りさせて頂きますね」

ペコっとお辞儀をしてグラスワンダーが去って行く。


気付けばさっきまでたくさんいたトレーナーもウマ娘もほとんど残っていない。

結局、僕は初日の選抜レースでパートナーのウマ娘を見つけることができなかった。


夕陽に照らされた道をトボトボ歩いて帰る。

「いや!でも、選抜レースは明日もある!切り替えよう!」

僕はそう思い、明日の選抜レースに向けて気合いを入れ直したのだった。



次の日の選抜レース。

昨日よりも数は少なかったが、今日も会場にはトレーナーたちとウマ娘たちの姿があった。

「今日の一押しはセイウンスカイだろ!」

「いや、キングヘイローも中々……」


トレーナーたちの噂話が聞こえてくる。

キングヘイロー、実は僕が今日スカウトしようと思っていたウマ娘だった。

彼女の情報を昨夜は調べていた。

どんな練習をして、どんなレースを目指すかも考えてきた。

彼女に相応しいトレーナーになるために!


選抜レースが終わった後、僕はすぐにキングヘイローのところへ駆けて行った。

キングヘイローさん!あなたをスカウトさせてください!」

「この一流のキングをスカウトしたいの?貴方はこのキングに相応しい一流のトレーナーなのかしら?」

一流のトレーナー??

ぼくは昨日ここに来たばかりの新人トレーナーだぞ?

このウマ娘はヤバい。ついていけない。

直感がそう告げていた。

「いや……僕は昨日ここに来たばかりなので……」

「そういう問題じゃないわよ!でも、もういいわ、貴方はこのキングに相応しい一流のトレーナーではないようだから」


キングヘイローは背中を向けて去っていった。


僕はまたスカウトに失敗してしまった。


その日以降の選抜レースはあまりパッとしないものだった。

僕はその娘たちに声をかける気力は起きなかった。

やるからには絶対に勝ちたかった。

妥協をしてパートナーを選ぶのは嫌だった。


そうこうしているうちに有力なウマ娘たちはほとんどトレーナーと契約を済ませていった。


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トレセン学園に来てから1ヶ月が経った。

相変わらずパートナーは見つからない。


同時期にトレーナーになった奴らは大抵パートナーのウマ娘を見つけてトレーニングに励んでいた。


もう、どんなウマ娘でもいいからとりあえずパートナーにしないとまずいな……と考えながら学園内を散歩していると、理事長の秘書である駿川たずなさんに声をかけられた。

「あら、新人トレーナーさん。もしかしてまだパートナーのウマ娘が見つかっていないのですか?」

「はい、そうなんですよ……」僕は力なく応える。

「それでしたら、まだトレーナーが付いていない娘がいるんですがどうでしょうか?」

「えっ!?紹介してくれるんですか!?」

嬉しい提案に思わず前のめりになる。

まだ僕にも救いはあったんだ!!

「ええ、その娘のところにご案内しますね〜」


たずなさんについていくと、1人でポツンと立っているピンク色の髪の毛で小柄なウマ娘がいた。

あの娘は……たしか、選抜レースでいつも最下位で、それでも何故かいつも笑っている……

「確か、ハルウララって娘でしたっけ?」

「そうです!ご存知なんですね。あの娘、まだトレーナーさんがいないみたいで……どうでしょうか?」たずなさんが僕に聞く。


どうもこうもない。あのウマ娘は勝つ気がない。それに才能もないだろう。

絶対お断りだ。現に誰もあの娘をスカウトしていない。

だけど、僕もパートナーのウマ娘がいないのは事実だ。

しかも、たずなさんの手前、気乗りはしないが断るわけにはいかなかった。

「あっ……僕でよければ」

「じゃあ、あの娘を呼ぶわね、ウララちゃーん!」


「なになにーー!」

元気良くハルウララが近づいてきた。

「この人がウララちゃんのトレーナーになりたいんだって!」

たずなさんは僕を指しながらハルウララに言った。

「ほんとー!?ウララもレースに出れるのー!?うれしいな〜!よろしくねトレーナーさん!」

ハルウララさん、よろしくお願いします」

僕は営業スマイルでハルウララに挨拶をした。

今日からこの娘のトレーナーになったが心配しかなかった。


次の日、ハルウララは練習に1時間遅刻してきた。

「トレーナーさん、ごめんね〜!ちょうちょさんと遊んでたら遅れちゃった〜!ねえねえ今日は何するのー?」

悪びれずハルウララは言う。

「まずはコースを5周走ってみてもらおうか」

「うん!わかったー!」

元気良くハルウララは駆け出す。

しかし、遅い。どう考えてもウマ娘のスピードではなかった。

この娘とは勝てない。

確信めいた予感が脳裏をよぎった。

その時、走っているグラスワンダーが視界の隅に入ってきた。

速い。選抜レースの時よりも格段に速くなってる。

それに比べて、ハルウララは……

ハルウララ??

さっきまでターフを駆けていたはずのハルウララが座り込んでいる。

「怪我でもしたのか!?」と思い、寄ると

ハルウララは座り込んで草をかき分けていた。

「あっ!トレーナーさん!見て見て!四つ葉のクローバーだよ〜」


ハルウララさん……今は、練習中、ですよ!

真面目にやってください!!勝ちたくないんですか!!」

僕は呑気なハルウララに無性に腹が立ってしまい思わず叫んでしまった。

遅刻はする、練習を途中で辞める、そしてグラスワンダーとの圧倒的な差


ハルウララはビクッとして

「トレーナーさん……怒らないでよ……怖いよ……」と言い、去って行った。


次の日からハルウララは練習に来なくなった。

そして、僕はハルウララとのトレーナー契約を解除された

新たなウマ娘を探していたが、ウマ娘から契約を切られた悪評が響いてなかなか見つからない。


ある日、秋川理事長から呼び出しを受けた。

「残念ッ!君はウマ娘とまだトレーナー契約がない」

「退去ッ!今週中にトレセン学園を去ること」

ここはトレセン学園。レベルが高く入れ替わりが激しい場所だ。

ウマ娘もトレーナーも志半ばでしょっちゅう学園を去ることになる。

それは理解していたが、いざ自分が通告されると心にくるものがある。


「わかりました……」

僕は絞り出すような声で答えて、トレセン学園を去った。


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それから、普通の会社に中途採用され、普通のサラリーマンとして僕は生き始めた。


あれだけ好きで熱狂していたウマ娘のレースはもう見ていない。

あえて意識しないようにしていた。


トレセン学園を去って2年半が経ち、なんとなく、この生活にも慣れてきた。

ウマ娘のことを考えることも無くなって僕は穏やかな日々を過ごしていた。


ある冬の日、仕事へ向かう朝の満員電車の乗客が持っていた

新聞に書かれていた「大金星ハルウララ有馬記念1着!」という見出しが目に入った。

そこに昔と変わらない笑顔で映っているハルウララがいた。


一瞬であの頃が思い出された。

勝とうとする気持ちだけが先行し、空回りしてウマ娘の気持ちを傷付けてしまったあの日のことが。

「ごめん……ごめんよハルウララ……君は強かったんだ。ダメなのは僕だった」


満員電車の中、僕は独りで泣き続けた。

戻れない時間を思い返しながら。