好きなおやつの話
今週のお題「好きなおやつ」
僕には認知症の母がいる。
母は僕を見るといつも「どちら様ですかねぇ……」と言う。
記憶は曖昧で僕のことはすっかり忘れてしまっているようだ。
母は我が家で介護をしているが、自分は昼間は会社があるので妻にかなり苦労をかけてしまっている。
半年くらい前から母親の様子がおかしくなってきた。
深夜に徘徊するわ、突然奇声をあげるわで
段々と、妻1人の手には負えなくなっていった。
昼夜を問わず暴れ回る母親に、妻は疲弊してしまい正常な判断ができなくなっていたのだろう。先月、妻が母親を殺害しようとして警察に逮捕されてしまった。
僕は仕事を辞めて、母親と2人で見知らぬ土地に引っ越した。
これからは自分1人で母親の面倒を見なければいけない。
母親の介護はやはりとても手がかかり僕1人では厳しかった。
施設に入れることも考えなかったわけではないが、なんとなく踏ん切りが付かなかった。
ある日、母親が大量の砂糖と重曹を床にぶちまけて泣き喚いていた。
僕はイライラしていたこともあり、思わず叫んでしまった
「何やってんだよ!クソババア!!施設にぶち込むぞ!!」
母親は泣き続けながら
「おやつを作らなきゃいけないのに……カルメ焼きを作らなきゃ……」と言った。
その瞬間、僕は40年前にタイムスリップした。
40年前、僕が運動会で一等を取った日に母親がニコニコしながら「足が速くてすごいねぇ」と言ってカルメ焼きを作ってくれた。
学校でいじめられて帰ってきた時も母親はカルメ焼きを作ってくれた。
「嫌なことがあったら何でも母さんに話してもいいんだよ。話聴くからね。」
嬉しくて泣いてしまい、カルメ焼きが少ししょっぱくなった。
特別な時に出てくるおやつ、カルメ焼き。
僕は母さんが作ってくれたカルメ焼きが大好きだった。
「母さん……ごめん」
あの頃と比べてすっかり小さくなって白髪まみれになってしまった母親に謝る。
どんなことがあっても母親を施設に入れずに介護を続けていこうと僕は強く強く思った。
※この話は全てフィクションです。