感染世界
2022年、冬。
世界情勢は大混乱に陥っていた。
2021年の11月に世界各地で猛威を奮っていた新型コロナウイルスの治療薬が実用化され、
これで通常の生活に戻れる!と人々は歓喜した。
およそ2年ぶりに日常が戻ってきた。
海外旅行や人が密集するライブ。
人々は久しぶりにそういった娯楽を手にした。
異変が起こったのは2022年の春だった。
人々が自由な海外移動を続ける中で、新型コロナウイルスが変異を起こした。
実用化されている治療薬は全く効果を発揮せず、感染力と死亡率共に以前のウイルスより格段に向上した。
空気感染を引き起こし、致死率は驚異の90%。
もちろん薬もワクチンもない。
色々な国で開発を試みたが、どれもうまくいかなかった。
そして、2022年、冬、世界中で5億人が亡くなり、日本でも500万人もの死者が出ている。
日本政府は、人と人の接触を原則禁止とした。もはや普通のマスクでは全く感染予防の効果はなく、人との接触を避ける以外の方法はなかった。
人と関わる仕事である旅館業などは軒並み廃業した。
国も職を失った人に対して公助をしようとしたが、税収も減っていて厳しい状況であった。
2022年下半期の出生率は激減。結婚率も激減。
日本の人口は急激に減少方向へと向かっている。
社会全体が疲弊していた。
こんな状況の中で新たな法律が制定された。
通称「感染者特別措置法」
感染者特別措置法は、新型コロナウイルスに感染した人に対する措置をまとめた法律である。
その中で議論を呼んだ部分がある。
「第4条、新型コロナウイルス感染者が重篤な事態であり、助かることが見込まれないと判断される場合、感染拡大防止の観点から感染者を殺しても罪に問われないものとする。」という部分である。
感染者の呼吸を止めてしまえば、ウイルスは空気中に放出されない。
現在、健康に生きている人を守るために、すぐに死んでいくであろう感染者を殺して感染拡大を防ぐという目的の法律である。
当時はかなりのニュースになった。
反対意見はかなりあったが、感染を恐れた人々からの賛成意見もあった。
世界で 似たような法律が制定されている事例もあり、この法案は結局可決された。
ここからがこの国の地獄の始まりだった。
誰が重篤な感染者を殺すか。
感染者を重篤だと判断できる人間、すなわち、医療従事者が感染者を殺す役割を担うことになった。
医療従事者は激減した。
人を救うために医療従事者になったのに人を殺す側に回る。
毎日毎日、見知らぬ感染者を殺し続ける。
まともな精神ではできない仕事だった。
医療従事者が足りなくなったため、感染者を殺す人間が減り、街中では誰かに殺された感染者の死体が転がっているという事態が増えた。
ただ、殺された人間が本当に新型コロナウイルスの重篤な感染者だったという確証はない。
人々は感覚だけで人を感染者と判断して殺すようになっていった。
このままだと殺されてしまうと思ったのであろう、感染者の自殺も相次いだ。
国はせめて最期くらいは楽でありたいという世論を受けて、新型コロナウイルス感染者に限り安楽死を認め、安楽死センターを開設した。
毎日毎日感染者や感染者を装った暮らしていけなくなった人が安楽死センターへ殺到してパンク状態になった。
今日も安楽死センターは大賑わいだ。
こうして、この世界にもはや希望なんてものはなくなった。
ウイルス感染への恐怖と人から殺される恐怖が世界を包み込み、人類は衰退への道を歩み始めるのであった。