【社会の闇】鬱おじさん密着24時
目覚ましの音がけたたましく鳴り響く。
朝6時、鬱おじさんが目覚める時間だ。
「おはようございます。鬱おじさん。お目覚めはいかがでしょうか?」
「……ああ、あなたがリポーターさんね。おはようございます。」
「はい、そうです。今日は鬱おじさんこと、あなたの生活に密着させてもらいますのでよろしくお願いします。」
「はあ……面白いことなんか何にもないと思うけどね……」
そう言うと、鬱おじさんは時計を見て溜息を吐いた。
「朝ごはん食べないと……」
鬱おじさんはそう呟くと、冷蔵庫から1つの小さな菓子パンを取り出す。
「それで足りるんですか?」
「うん……なんかね、たくさん食べようとすると吐き気がしちゃって……これから仕事に行くって思うと食べ物が喉を通らないんだ。」
鬱おじさんはそう言いながら小さな菓子パンを食べた。
食べるというよりは胃の中に詰め込んだ。という方が正確な表現かもしれない。
鬱おじさんはスーツに着替えて、身なりを整えて無言で家を出た。
いってきますと言う相手は鬱おじさんにはいない。
「鬱おじさんは通勤中、何を考えているんですか?」
「そうだねぇ……今日やらないといけない仕事のこととか、早く帰りたいなあ、とかそんなものかなあ」
鬱おじさんは何処か遠くを見つめながらそう答えた。
家を出てから益々、生気がないような顔をしている。
朝8時、鬱おじさんが職場に到着。
俯きながら元気のない声で
「おはようございます。」と挨拶をする。
沈んだ面持ちでパソコンの電源を入れて、仕事の準備をする。
「今日の仕事はどんな感じですか?」
「今日は上司と相談しないといけないことがあって憂鬱だなぁって感じ。上司に意見を求められるけど、自分の意見を言っても否定されるだけ。何にも言わないと「キミはどう思うの?」って聞かれる。こんなのばかりだ。」
始業後、鬱おじさんは上司と相談しに行くのにタイミングを見計らっていたため、30分程無為に時間が過ぎて、聞かれたことに上手く答えられず叱責を受けた。
デスクに戻ってロボットのように働く鬱おじさんの目から感情は読み取れなかった。
12時、昼休み。
他の人は弁当を広げて自分の机で食べ始めるが、鬱おじさんは職場から逃げるように出て行ってしまった。
慌てて追いかける。
「ちょっと待ってください。そんなに急いでどこに行くんですか?」
「お昼ご飯を食べに行くんだよ。あの場所にいるだけで心が重くなるから昼休みになった直後に職場から出るようにしてるんだ。」
鬱おじさんはそう言うと、職場の近くにある定食屋に入り、飯を淡々と口に運んだ。
「戻りたくないなあ職場……」
鬱おじさんは食事を食べ終わるとそんな独り言を言った。
13時、休憩が終わり仕事再開
鬱おじさんが上司から呼ばれた。
何やら書類の間違いがあって指摘されているようだ。
20分程経って、鬱おじさんはペンで真っ赤になった書類を手に持ってデスクに戻ってきた。
「はぁ……また、こんなに修正か……残業かな……」
鬱おじさんは1人でボソボソとそんなことを呟いている。
17時、定時
続々と他の人が帰る中、鬱おじさんはデスクから離れず仕事を続けている。
「あの、鬱おじさん、定時になりましたけど帰らないんですか?」
「今すぐにでも帰宅したいし、二度とこんな職場に来たくもないけど仕事が終わらなくて……」
鬱おじさんの机の上には今にも崩れそうな程、書類が山になっていた。
「ははは……これはね、僕の仕事が遅くてダメだからこうなんだよ。みんなは定時で帰れるけど、僕は仕事ができないからさ。どうしてこうなったんだんだろうね……」
「今日の仕事を見ている限り、鬱おじさんは真面目にお仕事を頑張っているように見えましたよ」
「僕はね、人とコミュニケーションを取るのがとても苦手で、簡単なことでも人に説明するときには頭が真っ白になってしまうんだ。その上、自分が仕事をどういう風に進めていこうか考えることができない。
説明もできず自分の意見も持っていない。
与えられたことを指示通りにやろうとしてるだけ。まあ、それすらもできてないんだけどね。
こんな人間は社会でやっていくのが難しいんだよ。僕は10年以上仕事をしてるけど、常にこの社会とは折り合いがつかないと感じてるよ。」
そう言うと、鬱おじさんはまた書類の山と向き合い始めた。どこか遠くを見つめるような目で書類に目を通す鬱おじさんからは、哀愁が漂っていた。
20時 鬱おじさん、退勤
「やっと帰れる……」
鬱おじさんは死にそうな表情を浮かべながら職場を出た。
「お疲れ様でした。熱心にお仕事をされていましたね。」
「でも、きっとまた明日、上司から違う修正をくらうことになると考えると心が死んでしまうよ。晩ご飯を買って帰ろう」
鬱おじさんは近所のスーパーで
半額になった弁当と安い缶チューハイを買い込んだ。
21時 鬱おじさん、帰宅
鬱おじさんは半額弁当を電子レンジに突っ込み、安い缶チューハイをグビグビ飲み始めた。
「お酒、好きなんですか?」
「そんなに好きじゃないよ。ただ、これを流し込むと頭がフワフワしてきて、なんで生きているんだろうとか、そういう類の悩みが消え失せるんだ。」
鬱おじさんは半額弁当を食べながら酒をグビグビ流し込む。
「なんだか静かですね。テレビとか見ないんですか?」
「テレビを見るのも疲れちゃうからね。僕は何にも考えたくないんだ。だから平日の夜は酒を飲んで椅子に腰掛けて虚空を見つめたり、脳死でTwitterを見たりそんな感じで過ごしてるんだ。」
23時、鬱おじさん、就寝
「もう寝る時間になってしまった。明日の朝なんか来なければいいのに。つらいつらいつらい」
「そんなに仕事が嫌なんですね。鬱おじさんは明日もし休みだったら嬉しいですか?」
「明日が休み!?それはとっても嬉しいデス!!」
「じゃあ、明日が休みだとしたら鬱おじさんは何をしますか?」
「えっ……昼まで寝るかな」
「それから?」
「その後は……えっと……特に思い付かないかな。特に趣味もないし、ただ仕事に行きたくないという気持ちが先行してるのかなあ。
ああ、本当にそろそろ寝ないと。おやすみなさい。」
「今日は密着取材をさせて頂きありがとうございました。それではおやすみなさい」
こうして、鬱おじさんの密着取材は終了した。
鬱おじさんは35歳独り暮らしで恋人もいなければ友達もいない。
職場では無能扱いされ、自尊心は傷付けられてズタズタになっている。
夜になったら寝て、朝が来たら起きて仕事に行くだけの存在。
仕事でやりがいや、達成したい目標もなく
ただ歳をとっていくだけの存在。
願わくば世の中に一定数いるであろう、こんな鬱おじさんが救われて欲しい。
※このお話は僕の妄想であり、決して実在する誰かをモデルにしたお話ではありません。決して。