自殺名所インタビュアー 〜馬一郎編〜
静まり返った夜の切り立った崖の上。
その数十m下には海が広がっている。
時折、波が岩肌にぶつかり激しい水飛沫を上げている。
ここは自殺の名所と呼ばれている崖である。
この崖にフラフラと近寄ってくる男が1人。
男は崖の下を覗き込み、しばらく考えこんでいたが踏ん切りが付いたらしい。
「もしもし。こんなところで何をしているんですか?」
男は驚いて声をかけてきた人間の方を見た。
「……あなたには関係ない」
男は小さな声で答える。
「私には分かりますよ。あなた、死ぬためにここに来たんですよね?よかったらどうして死のうと思ったかお話を聞かせてくれませんか?」
男は悩んだ。
見ず知らずの人間に自殺したい理由なんかを話すべきなのかと。
ただ、自分はもうすぐ死ぬ。最後に人に会えたのも何かの縁なのかもしれない。
「そうですね。どうせもう死ぬので、いいですよ」
……男は競馬関係で自殺を考えているとのことだったので、これから男を馬一郎と呼ぶことにする。
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馬一郎は大学卒業後、準大手のゼネコン会社に就職して、それなりに裕福な暮らしをしていた。
29歳の時に上司から誘われて競馬をするようになった。
馬一郎は上司との話題作りのため、毎週のメインレースを1000円だけ賭けるという健全な楽しみ方をしていた。
ある日、いつものようにメインレースに賭けようとしたが、直感が働いて普段は買わない3連単を購入しようと思った。
しかし、その馬券は大穴馬券。
当たるはずはないと思っていても、馬一郎はその馬券のことが頭から離れなかった。
悩んだ末、馬一郎は100円分だけその馬券を買った。
100円なら外れてもまあいいやと思えるから。
ところが、そうはならなかった。
馬一郎の直感通りのレース展開になり、100円の3連単馬券は40万円になった。
40万円の大金を手に入れた馬一郎は興奮と嬉しさが入り混じってその日の夜はあまり眠れなかった。
しかし、次の日に馬一郎は違うことを考えていた。
「もし、100円馬券じゃなくていつものように1000円分買っていれば400万円が手に入ってたはずだったのに……」
なんだか大金を取り逃がしたような気分になり、馬一郎は次の週のレースを徹底的に予想することにした。
寝ても覚めても競馬のことばかり。
仕事も手に付かなかった。
そして迎えた競馬の日、馬一郎が買った1000円の馬券は30万円になった。
すっかり舞い上がった馬一郎は、競馬をやってることすら伝えていなかった彼女に2週連続で大当たりしたことを得意顔で話した。
ところが彼女はあんまり良い反応をしなかった。その上、「競馬なんて必ず損するんだから辞めなよ」とまで言ってきた。
彼女の言葉で馬一郎の競馬熱が冷めることはなく、むしろ熱が入る一方だった。
平日はレースの予想をして、土日は朝から夕方までレース。夜は次週のレースをチェック。
彼女と会う時間は馬一郎にとって、無駄な時間でしかなかった。
休日はレースがあるので彼女と会うことをなるべく避けるようになっていった。
彼女と会っている時でもレースが始まる時間になると席を外してインターネットでレースを見ていた。
その後はレース結果で頭がいっぱいになり、彼女とのデートに集中できなくなる。
そんな生活を半年続けていたら、馬一郎は彼女にフラれた。
3年付き合って一時期は結婚まで考えていた彼女に。
フラれた時の馬一郎は
「やっとこれで競馬に集中できる!」としか思わなかった。
この頃の馬一郎は1レースに1000円などというルールはとっくになくなっており、平気で1レースに数万円を賭けるようになっていた。
負けが続くと、給料日前は競馬ができなくて苦しい思いをする日もあった。
給料日が来るとすぐに競馬をする。生活費を削ってでも競馬をする日々。
「大きく当てればいいんだ。いつかは当たるんだ!」
競馬にのめり込む日々が続いた。
ところが、事件が起こる。
彼女と別れて1年後、馬一郎は会社をクビになった。
理由は仕事中に競馬をしているのが上司にバレたからだ。
馬一郎は焦って、就職活動をしたが、30歳を超えており、そんな人間を採用する企業はなかった。
馬一郎は日雇いの現場で働き始めた。
給料は相当減ってしまい、競馬どころではなく生活するのも苦しかった。
競馬がしたくてたまらなかった馬一郎は消費者金融でお金を借りることにした。
50万円借りても、堅いレースで100万円を当ててすぐ返せば何とかなると思った。
50万円賭けたレースは惨敗。
馬一郎はショックでゲロを吐き、2日寝込んだ。
しかし、馬一郎はもう戻れない。
また別の消費者金融から借金をして競馬をした。
当てれば返せるんだ!!当てる!!頼む頼む頼む頼む!!!
……また外れた。
そんなことを繰り返しているうちに馬一郎の借金は500万円まで膨らんでいた。
自己破産も考えたが、もし借金がなくなったところで、馬一郎にはもはや何も残っていない。
もし、上司の誘いにのらず競馬なんか初めていなければ。
もし、100円賭けた3連単が外れていれば、その次の週のレースも外れていれば。
もし、あの時、彼女の言葉をきちんと聞き入れて競馬を辞めていたら。仕事サボって競馬なんかやっていなければ。
何度も何度も思い返して後悔してる。
馬一郎はこんな人生を終わらせようと思ってここに来た。
もう生きてても何にも意味がないから。
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話し終えた馬一郎の目には涙が浮かんでいた。
「馬一郎さん……貴重なお話、ありがとうございました」
「俺の自殺を止めないのか??」
「ええ、人には生きる権利があるように死ぬ権利もあると私は思っているので。そろそろ夜も更けてきましたね。馬一郎さん、これ以上ここにいると寒くてお体に障りますよ。それでは、私はこれで。後悔のない選択を」
残された馬一郎は声をあげて泣いた。
最初にした決意は消え失せており、馬一郎はその場で泣き続けることしかできなかった。